オヤカクから考える

就活が昨日解禁したようです。
最近の就活関連の言葉に衝撃を受けます。

オワハラ、オヤカク、就職塾
親の反対で内定辞退、「就職がゴール」という口説き文句、内定者への家庭訪問、「倒産の心配はないか」という電話

すごい時代になりました。
「主体性」「自律性」を身につけられない学生が、そのまま就活・就職と進んだときにこういうことが起きるし、そのマインドは、やがて企業の人事担当になれば「オワハラ」のようなことにもつながるのでしょう。
また、「主体性」「自律性」が不十分であることにビジネスチャンスを見出す人もいるということだと思います。

親の心配する気持ちはわかります。
その不安に対して、学生本人が何の説明もできないのはあまりよいことではありません。
自分の選択の「根拠」を説明できるかどうかは、親の説得という点だけではなく、そもそも就職していく時に必須なことではないでしょうか。
自分なら、そんなこともまともに説明できないままに就職するのは違和感があります。

自分の選択に「情熱」と「根拠」があれば、「親に反対されたから内定辞退」ということにはならないのではないでしょうか。
それで「失敗」したとしても、そこで人生終わりではないですし、人生100年時代においては就職はゴールでもなんでもありません。

どうやって「不安」と向き合い、乗り越えるか。
そこに「主体性」や「自律性」はどう関係するか。
教育に何ができるか。
考えさせられる問題です。