大学入試を受ける人へのアドバイス

前期終業式の日のLHRで配布した学級通信に掲載した文章を転載します。

 

大学入試に向けての勉強もいよいよ佳境に入ってきました。このクラスの生徒は全員が全員大学受験をするわけでもないですし、大学受験以外のそれぞれの進路も尊重しているつもりですが、ここでは大学受験に特化したアドバイスを書いてみようと思います。大学受験をしない人にとっては、その部分を自分が大切にしたい何かに置き換えて読み、考えてもらえたらいいなと思っています。

 

受験勉強で大切なこと

受験勉強を進めていく上で一番大切だと思うのは、
「正しい時期に」「正しい方法で」「自分を信じて」続けていくこと
受験までの時間をどう過ごすか、見通しを持ち、計画を立て、着実に実行していく。
これが精神的な安定をもたらし、結果として力がつき、それがさらなる精神的安定をもたらし・・・という正のスパイラルに入っていくことができます。
逆に、見通しも計画もない勉強を続けて、目に見える結果が手にできないと、自分を信じることが難しくなり、精神的に不安定になってますます結果が出ず・・・という負のスパイラルに入ってしまいます。

 

受験にはテクニックがありますが、それよりも大切なことは、
「あきらめない気持ち」や「夢や目標に向かっていく強い気持ち」
一度もA判定、B判定が出なくても、受けた模試が全部E判定でも、合格している先輩がいます。
彼らに共通するのは、こういう気持ちでした。
もちろん、こういう気持ちで頑張れば100%うまくいく、という保証はありません。
でも、こういう気持ちがなければよい結果にはつながらなかっただろうと思います。

 

受験勉強を終え、受験を終え、結果を手にしたときに一番辛いことは
後悔すること
では、どうすれば後悔しないでいられるのでしょうか。
睡眠時間を削り、ストイックに勉強し続ければ、後悔しないで済むのでしょうか。
必ずしもそうではないでしょう。
思いっきり遊ばなかった後悔、行事や部活動に打ち込まなかった後悔もあるでしょう。
逆に、遊びすぎてしまった後悔、勉強からの逃避としての行事や部活に対する後悔もあるでしょう。
それらはすべて、それぞれの個人の持つ価値観と、それに基づく人生の時間の使い方に依ります。
迷うときは、落ち着いて、冷静になって、自分に「今一番大切にしたいもの」は何かを問うてください。
そこで、自分が後悔しないために何をすべきか、スーッと見えてくることがあります。
それを考え、決定できるのは自分自身しかないのです。

 

もし不合格だったとき、自分の生き様に納得できますか。
不合格でも生き様に納得している先輩がいます。
そして今もあきらめずに頑張っている先輩もいます。

 

合格したけど第一志望ではないとき、自分で自分に頷いて胸を張って進学できますか。
自分で納得できるところまで頑張ってください。

 

人生の中での受験の位置づけ

受験勉強は、多くの人にとっては、辛く厳しいものです。
そうでない場合は、受験勉強そのものが楽しくてしょうがないというケースか、辛いと思えるところまで努力していないというケースだろうと思います。
辛くない範囲で努力して、そのときに入れるところに行ければいい、という割り切った考え方の生徒も過去にいました。
それは否定されるべきではないですし、一つの考え方としてアリだと思います。
このように「辛く厳しいこと」からは逃避することもできるのに、それにあえて立ち向かうことにどれだけの意味があるのでしょうか。

 

辛いことにも向き合って頑張るのも、それをしないのも個人の自由です。
でも、頑張れば、共に頑張れる仲間と出会う可能性が高まります
逆に、頑張らなければ、同じような気持ちの仲間と出会う可能性が高まります。
これは受験勉強と向き合うことの一つの意味だと思います。

 

人生には、「全てを投げ打って、全力を注いで打ち込む」ことはそれほど多くありません。
大学受験の辛さや厳しさは、その先続くものではありません。
でも、その最大瞬間風速にどう立ち向かい、乗り越えたかという経験は、その後の人生で出会うだろう、受験と同じか、もしくはそれ以上の最大瞬間風速に対して向き合う方法論や心の構えの獲得につながります

 

受験は、定められたルールに従って進んでいく「ゲーム」のようなものだと思います。
そのゲームにうまくフィットする人もあればそうでない人もあります。
でも、ただそれだけのことです
その人の人格や能力のどこまでを測れるかは現状の大学入試では極めて怪しい部分もあります。
だから、受験という「ゲーム」に対して、いつも次のことを思っています。
勝って驕るな、負けて腐るな

 

これを忘れることなく、受験という日本最大規模のゲームに、正々堂々、胸を張って挑んでほしいと思っています。