それぞれの速さで歩むということ

一人の生徒が僕を訪ねてきました。
聞けば、今日で退学するということ。
でも、そのあとの話は、実によいものでした。

彼には素敵な「居場所」ができていました。
そして、その「居場所」から次の世界が開け、その生徒には人生の目標ができていました。
この先どうなってしまうのかという不安を抱えながら、全く前に進めず、あるいは本当に少しずつしか進めず、希望が見えない時間も過ごしたと思います。
でも、退学を決めた今日の表情は、とても清々しく希望を感じさせるものに見えました。
僕はこう伝えました。


退学してしまうのは残念だけど、でも人生の目標ができたことは素晴らしいこと。
目標が見つかって、その目標に向かって歩みを始めようとする今の姿を見て本当によかったと思うし、心から応援したい。
これからまだまだうまくいかないこともある。入試や就職活動も大変だろうし、その先の職業も必ずしも安定していないかもしれない。
でも、人生の色々な場面でまた迷いながら、その時の目標に向かって歩んでいければ大丈夫。
頑張って!まずは一年後にいい報告を待っています。


彼は、僕の手に指輪を見つけ、結婚のことを知りました。
楽しげにいくつかの質問をしてきました。
そうしてささやかなお話の時間も終わり、最後に彼はこんなことをいいました。


「なんだか、毎日楽しいんです」


そして帰り際に一年後に大学受験がうまくいったら報告に来てくれると言いました。
彼を信じて、僕は学校で待ちましょう。


彼は、なぜわざわざ退学の日に僕を訪ねてきたのでしょう。
それは、ごちゃごちゃした理屈を聞きにきたわけでもないし、バカな話をしにきたのでもないのだと思います。
ただ、自分の決断を報告し、大きく背中を押してほしかったのではないでしょうか。
例えそれが僕の思い込みであっても、それは構いません、
僕なりに彼の背中を思いっきり押してあげたつもりです。
ただ背中を押してやる。これも教育の在り方の一つだと思います。


新宿山吹は、色々な背景を抱えた生徒がいる学校です。
彼らに一人一人歩む速さがあります。
急いてはいけないと感じます。
その歩みの遅さに本人も保護者も、ときに教員も不安になることがあります。
それでも、周囲の温かいまなざしと信じて待つ姿勢があれば、あるとき人生が開けたりするものです。
その「機」をとらえることが大事です。本人も保護者も教員も。
風を感じること、その風をとらえて推進力にすること。

新宿山吹は、突っ走ることも、歩くことも、休むこともできる学校です。
こういう学校はやはり必要なのです。


数えきれないくらいたくさんの生徒の人生がこの学校で動き出しています。
それを実際にたくさん見てきました。
教員として、「その先にある世界」を見せつつ、時に現実を見せ、ときに厳しい指導もすることがありますが、目の前の生徒の歩みをしっかりと見取り、将来の「幸せ」につながる関わり方をしたいと思います。

今日も素晴らしい人生の「始まり」を見ました。
卒業式はないけれど、彼の「旅立ち」に最大限の祝福を送りたいと思います。