①井草高校時代の授業実践(2006年度~2009年度)

大切にしていた考え方
●生物学の「面白さ」に触れてもらえる授業。生物学は単なる語句の暗記ではない!
●私語をしたり寝てしまったり集中力を欠く生徒がいたら、その原因を生徒に求めず自分に求める。
●知識を教授することだけでなく、「ものの見方・考え方」を伝える。


「生物」から学んで欲しいこと
① 生き物ってすごい
② 他者へのまなざし
③ 医学的側面
④ 自分の目で見て、自分の頭で考える


授業の展開
●問答主体の講義スタイル
●雑談等も適宜入れる
●実験・実習を年間10数回実施(生物Ⅰ)


②感じていた違和感

「内容」と「方法」は両輪
生物「を」教える=コンテンツ
生物「で」教える=学び方、生き方(他の教科との共通の部分、本質)


違和感①全員に理解させることができていないのではないか?
「授業が面白い→私語の減少、睡眠の減少、集中力向上」は見られたが、
「授業が面白い≠成績の向上」という壁。
どれだけかみ砕いても全員が理解するというのは難しい。


違和感②生徒に「真に必要な力」を身につけさせることができているのか?
知識をたくさん持っていたり、入試テクニックに長け偏差値が高かったりすることは本質的な「力」ではない。
では、何が「真に必要な力」なのか?→自分で整理仕切れていない。
今の授業で、どこまで何を生徒に伝えられてるのか?
今教えた「中身」は、10年後にほとんどの生徒の頭の中から消え去っているだろう。
「教育とは、学校で習ったことをすべて忘れた後に残っているものである」(アインシュタイン)
では、何を彼らに残せるのか?確信が持てない。


突き当たった大きな壁
●発問主体の授業スタイルが機能しない。「活発な受け答えありき」の授業デザインへの気づき。
●授業からいなくなってしまう生徒たち
●自分の存在意義を見失う(何のために教員をしているのか?何がしたいのか?)


授業改善の試み
●毎時間の授業レポートの実施(首都大学東京・松浦先生の実践より)
→口頭でのコミュニケーションを文章でのコミュニケーションで補うことが可能に
→授業内での「発問主体の展開」とは違った形の「双方向型授業」の可能性
●授業アンケートの実施・分析


④新しい考え方との出会い(2011年度末)

社会人基礎力
●職場や地域社会の中で多様な人々とともに仕事を行なっていく上で必要な基礎的な能力(経済産業省、2006年)
●3つの力と12の能力要素からなる。
【前に踏み出す力(アクション)】
(1)主体性 (2)働きかけ力 (3)実行力
【考え抜く力(シンキング)】
(4)課題発見力 (5)計画力 (6)創造力
【チームで働く力(チームワーク)】
(7)発信力 (8)傾聴力 (9)柔軟性 (10)情況把握力 (11)規律性 (12)ストレスコントロール力


社会人基礎力と授業実践との乖離
●社会人基礎力の中で、「従来の授業で身につけることができる能力」がほとんどない。
●「思考力・判断力・表現力」に関しても、学校教育と社会で要求されるものとの乖離。
→「社会人基礎力が身につくようなアクティビティ」の導入を模索。


「学び合い」との出会い
●2012年冬、鍋田先生との懇談で「学び合い」という単語を初めて聞く。
●「本質的には、教科の学習内容より、これから生きていくために必要な力を身につけさせたい」という議論→「学び合いしかない」とのお言葉。
●本を読むこともなく、聞きかじりで授業導入を思考。


⑤授業実践の新しい試み(2012年4月)

「授業の手引き」の作成
●従来は、「授業に関する連絡事項」で事務連絡のみ。
●「授業の手引き」では、「授業のきまり」「生物から学んで欲しいこと」「授業の目的と組み立て」「成績のつけ方」「授業レポートに関して」「FAQ」という項目立てに。
●向かいたい方向性を確信した上で、それらを率直に生徒に伝えようとする試み。


授業でのグループワークの導入
●授業プリントに「グループワーク」を導入。
●「社会人基礎力」の「チームではたらく力」の育成を意識。
●「学び合い」を指向した実践(一人も見捨てない、全員達成)


授業プリントの記述と講義の減少
●授業プリントの情報量を減らし、徐々に「課題」のみの構成に。
●徐々に講義の時間を減らし、問答主体の講義スタイルから脱却。
●質問に答えない。周囲と協力して取り組むように指示。答えも提示しない。


⑥『学び合い』の考え方の本格導入(2012年9月)

「学び合い」の壁
●「答え」が提示されないことへの不満と、答えを提示したくない気持ちとの葛藤。
=「答えを聞いて理解し覚える」ことよりも「答えに至るためのプロセス」の重視。
●「自己責任」を前面に押し出した指導方針と、それに対する生徒の戸惑い・反発
→授業のやり方を根本的に見直す必要性


2冊の書籍と『学び合い』の確認作業
●「『学び合い』スタートブック」、「『学び合い』ステップアップ」の2冊の書籍を夏期休業中に読了。
→「思いつき」でやっていた実践の振り返りと、新たな実践への戦略作り。
●「一人も見捨てない」「全員達成」の価値の再認識


授業の主役を「教員」から「生徒」へ
●これまでは、100分の使い方を教員が決定。講義も織り交ぜつつ、グループワークのタイミング、時間もこちらがコントロール。
●100分の大半を生徒に預け、本格的に授業の主役を「生徒」に。
●教員に助けを求める生徒に対して、徹底的に「見守る」「待つ」。

⑦授業アンケートに基づく考え方と方法の変容(2012年10月)

完全『学び合い』による変化
●前期期末試験の結果で、ほとんどの生徒が前回より点数を下げ、不合格者も相当数存在。
●原因は、「なんちゃって学び合い」から「完全『学び合い』」への移行にある?
→秋期休業を利用して授業改善のための分析


問題の発見のための方策
●方策①生徒に対する聞き取り
試験後の期間に、何人かの生徒と対話(うち2人とそれぞれ2時間ずつ対話)
●方策②授業アンケートの分析


発見された問題
●問題点①「答えがないことによる弊害」
「理解が早い生徒」間違った考えを広めてしまう恐怖から情報共有をためらう。
結果として、情報共有があまり活発にできずに終わってしまう。
「理解に時間がかかる生徒」も、答えがないことによるストレスからモチベーションが低下。
→答えの提示を検討
●問題点②「考え方の伝達不足」
じっくり話した2人は、早くからこの方法に一定の理解を示していた生徒だったので、ある程度わかってもらえているのだと思っていた。
しかし、話してみると、「今初めて学び合いというものがわかった気がします。これ、大事じゃないですか!でも、絶対皆わかってないですよ。ちゃんと説明した方がいいですよ!」とのこと。
伝わっていない現状を認識。
→しっかりとした「語り」の必要性


配布資料の作成
Ⅰ「学び合い」についての「語り」用プリント
Ⅱ「学び合い」について考えるヒントとなる参考資料プリント
Ⅲ「学び合い」や授業の展開の仕方、評価のシステムについて考察させる課題プリント


『学び合い』に関する語りとディスカッション
●後期初回授業で、配布資料を用いた「語り」とそれに基づくディスカッションを実施
→『学び合い』についての理解の向上、前向きな意識


具体的な改善
●答えの提示
「面倒くさいから答えを見て覚えてしまえばいい」ではなくて、「答えがある方が考えやすい」からという生徒の意識。答えを提示する弊害は少ないと判断。
→教員に答えの確認ができるように変更(紙として配布・掲示はしない)
●授業冒頭に教員による「目的」の確認
授業全体のアウトラインがわからず停滞していることへの対策
●確認テストの導入
「目的」と直結する、シンプルかつ本質的な問題
「全員達成」の状態を可視化し、学びへの動機付けを図る。
●次回の授業プリントの配布と予告
予習をしたい生徒のための対策。授業時間を対話のために使える。
●発展課題の提示と点数化
授業に関する発展課題を「宿題」として提示し、提出があれば平常点に加算。


板書で毎回伝えていたメッセージ
●一人も見捨てない
●全員が時間内に達成
●「わかったつもり」→「本当にわかる」


⑧「語り」の整理(2013年4月)

「授業の手引き」の「授業で身につけて欲しい能力」の改定
●「依存=自立」という発想と行動様式
●「まなぶ力」=「自学力」+「学び合い力」
●インプット型からアウトプット型へ
●多様性の価値に気付き、その中で自由に成長する
●他責から自責への発想転換


「授業の手引き」の「授業の組み立ての背景となる考え方」
1、依存できることが自立 2、強みを伸ばすことの価値に気づくことが重要
3、天職を探す、天職に作り変える 4、アイムOK、ユーアーOKの世界へ
5、他責を乗り越えて自分と向き合う 6、答えは自分で創るもの
7、「目的」と「目標」を意識する 8、多様性を認め、折り合いをつける
9、失敗、挫折は心の糧 10、学ぶことは、見える世界が豊かになること
11、情報収集とクリティカルシンキング 12、守破離(しゅはり)
13、「ねばならない」から「したい」へ 14、正しい倫理観を持つ
15、多くの人と会い、多くの本を読み、多くの旅をする
●「社会人基礎力」と「ラーニングピラミッド」の提示


初回授業の「語り」とアンケートの分析
●初回授業で「授業で身につけて欲しい能力」の語り
●「4コママンガ」のアクティビティ
→潜在的には「学び合い」ができる(あるいは欲している)ことの確認
●初回授業アンケートから以下の3点について分析
・新たな発見や気付きで世界が広がる→「目的意識」が芽生える、はっきりする
・思ったことを実行した時の成功体験、拒絶されないという感覚→安心感
・これから始まる「何か」に対してのワクワク感

⑨「内発的動機付け」の重視(2013年10月)

確認テスト・発展課題の点数化による評価の目的と問題点
●評価の目的
・知識偏重の試験一発勝負にしたくない。
・「汎用的能力」の育成を大きな目的とし、評価と連動させるため。
・あらゆることは評価につながる、ということから、有効感を持って授業内の活動に取り組んでもらうため。
●評価システムの問題点
・「外発的動機付け」にしかならず、「内発的動機付け」へのブリッジの困難性の認識


確認テスト・発展課題の点数化の廃止
●外発的動機付けから内発的動機付けに授業の方向を変更
(「報酬」があるからやるのではなく、「ただやりたいからやる」生徒の支援をしたい)
●各種課題、レポート課題については、その課題を通じて身につけて欲しい「汎用的能力」の習得のために、これまで通り点数化を行う。(外発的動機付けが残ることは課題)
●プリントファイル、授業レポートは、「関心・意欲・態度」に関わる「最低限の折り合い」として、これまで通り点数化を行う。


板書で毎回伝えていたメッセージ
●一人も見捨てない
●全員が時間内に達成
●「わかったつもり」→「本当にわかる」
☆人に説明すると理解が深まる。
☆依存する相手が増えることでより自立することができる。
☆「仲良くする」→「折り合いをつける」
☆「与えられるのを待つ」→「自ら求めて動く」


⑩「適切なハードル」の重視(2013年1月)

試験の結果の二極化
●平均点が50点台にも関わらず、50点台の生徒はほぼゼロ=2極化の傾向が強い
●出席率と成績との相関=「学び合い」のメリットが失われる
●「学び合い力」と成績との相関=他人との情報交換による問題解決のスピード・質の向上


現状分析
●『学び合い』に基づく「学び合い」に対する不安
「何がわからないかがわからない」「あやふやなところを聞いた人もあやふやだった」
「自分たちだけでやる限界を感じる」
●講義への期待(それに反する現実の授業とのギャップ)
免疫とゲノムでの長時間の講義に対しての好印象


「教える」と「教えない」のメリット・デメリットの提示
●「教える」(講義型)=受動的
●「教えない」(自学型)=能動的、主体的
それぞれのメリット・デメリットを整理して提示
●西川先生による「4種類子ども」の話
「授業内容を既に知っている子」「教師の説明がなくても、自習で理解できる子ども」「教師の授業によって分かる子ども」「教師の授業ではちんぷんかんぷんな子ども」


生徒全員との対話
●授業時間を使って授業登録生徒全員と対話
●「講義の時間」「学び合いの時間」の順番、比率についての意見を理由とともに聞く。
=「授業スタイルを変容する覚悟」を示す。
→講義の延長を望む声が大半。講義時間を延長することに。


⑪「安心して学べる場」の重視(2014年4月)

「授業の手引き」の「授業の大きな目的」の改定
●2013年度の「授業の大きな目的」
①人生を豊かにしてくれる生物学に関する知識を身につける
②授業の様々なアクティビティーを通じて、「じりつする力」を身につける
●2014年度の「授業の大きな目的」
①人生を豊かにしてくれる生物学に関する知識・教養を身につける
②生徒の幸せの感受性を高めるとともに、人生を切り拓く素地を身につける。


初回授業オリエンテーションでの語り
●「内発的動機付け」と「外発的動機付け」について
報酬と罰、やる気
●「勉強」と「学習」について
実学、教養、専門
●科学的とはどういうことか
主観と客観、科学的プロセス、問題発見と問題解決
●「科学」と「理科」について
Scienceと理科、豊かな自然観、"Study nature, not books"(ルイ・アガシー)
●「知識」「経験」「創造性」について
●学校と教師の役割について
●「理屈」と「経験」について

⑫現状分析(2014年7月現在)

前期中間試験アンケートの分析
●「安心して学べる場」としての授業
●「見捨てられていない」授業の実現(「見捨てない」活動については肯定評価は少ない)
●内発的な授業への取り組み
●「目的」を意識した授業への取り組み
●過半数が「講義の時間は半分以下でよい」と回答。授業スタイルに過半数が肯定評価。
●主体性、積極性が今後の課題


全員達成を求める意味
●「集団が一つの目標に向かって活動する」から様々なことが起こり、人間的に成長できる。
●集団に対しての「年間を通じた大きな課題(目的は人間的成長)」としての全員達成。
●指標としての「分布」の提示(個人の推移だけでなく集団の推移も見てほしい)


『学び合い』の授業を実現するために
●生徒に対する信頼が大前提
●生徒にとっての「安心して学べる場」作り
●「安心」から「挑戦」へ(個々人に応じた適切なハードル)
●あらゆる意味でのセーフティーネットとなる『学び合い』に基づく「学び合い」の価値の語り