プロフェッショナル坂元裕二メモ

プロフェッショナル
11月12日
脚本家・坂元裕二
「生きづらい、あなたへ」


"ずっと書いてるから、書いてないシーンとか書いてないセリフないんじゃないかと思うくらい。
もう何書いてもこれ書いたなって思っちゃうんですよね。
底打ったんじゃないかって不安があるから。
それ一番つらいですよね。
書いたことあるなって思うものをもう1回書くっていうのは。
テレビじゃない自分にとって違う容器のところに行けば何か生まれるんじゃないかって。"


"人間って明るい人なのか暗い人なのかとか、性格とかでできているわけではなくて、関係性みたいな。
やっぱり人は誰かとの関係の中にあるものだと思うし、ドラマっていうのは人と人の関係を描くものだから。"


"すごく簡単に言うと、多数派が少数派かって言ったら少数派のために書きたい。
それが1番大きいですね僕は。
少ししかいない。
こんな風に思う人は少ししかいないって言う人のために書きたい。
ああ、私だけが思っていたんじゃなかったんだって。
10元気な人が100元気になるための作品は多分たくさんあるけど、僕はマイナスに入る人がせめてゼロになる、−5が−3ぐらいになるとか、そこ目指しているから。"


毎朝、娘のためにお弁当を作っている。
"何をおいてもお弁当が大事なんですよ。"


東京ラブストーリーのヒットから、「トレンディドラマの名手」と言われるようになり、多くのドラマを手がけた。


"こうやればウケるんだからそれで数字さえ取ればそれでいいんだよみたいな、そういうことに対して僕はすごく強い嫌悪感があったから。
漠然と俺が書きたいのは僕が作りたいのはこういうものじゃないんだっていう気持ちがずっと常にあって、本当に逃げ出すことをすごく考えていたし。"


27歳でテレビ業界を去り、映画をやってみたり、小説を書いてみたりしたが、失敗。
生活のためにテレビの世界に戻ったが、書きたいものが見えなかった。
35歳の時に娘が誕生したことが転機。
自宅で育児をする中で、色々な体験をした。
そこで「日常」の重要性に気付いた。
43歳でMOTHERを書き上げた。


"女の子が虐待を受けているお話なんですけどその母親に対して罵倒の言葉がたくさんあったんですよね、見ていた人の中から。
でも自分は違うなと思ったんですよね。
その母親もちろん虐待と言う事実は当然否定すべきことだけど、何も知らずに簡単にあの女性を否定することはできない。
やっぱり自分が子育てする中でもう耐えられなくて大きな声を上げてしまったこともあるし逃げ出したくなったこともある。
結果だけ見て手を出したひどい女だひどい母親だって断罪する事は僕にはできなかった。"


第8話のストーリーを白紙にし、虐待をした母親のストーリーを描くことにした。
放送後、「決して他人事と切り捨てることができなかった」「救われた」など大きな反響があった。
ついに道が見えた。
「生きづらい、あなたへ」
1人でも救われる人がいればいい。
自分が脚本を書く意味。


"集大成とか言われたらもうダメなの。
それは自分の未知なる泉が枯れちゃっているから。
汲んである水で作っているから集大成とか言われちゃうんです。
集大成とか言われないように作りたいって思うんだけど、最近ちょっと言われる。"


"こうやって2時間の劇場で書けるものを書いたら、わからないことだらけで見えないものだらけで、大海原に出た感じがありますね。
すごく怖いです。
でもこの感覚はちょっとうれしい。"


★この人の、この感覚はすごい。
「集大成と言われたら終わり」という感覚は、まさに求道者そのもの。
また、東京ラブストーリーのような素晴らしいドラマを書いて認められても、「自分のやりたいこと」ではないとテレビから身を引く決断もすごい。
また、そこから道を見つけたのが「日常」の発見というのも示唆深い。
テレビドラマの仕事を休止し、初めて演劇の脚本に挑み、1日かけてもほぼ何も書けない状態が続き、1ヶ月たってもほぼ進んでいない状態から突破口を開き、「怖いけど嬉しい」という感覚を笑顔で語る姿が印象的。