成功事例から挑戦事例へ

教育実践で、取材等を受けて様々なメディアに取り上げられ、僕たちが目にする機会が多い事例は、「成功事例」がほとんどだと思います。
つまり、


ある成果が上がっている。
→すごい!その秘密を知りたい!
→なるほど、そういうことか!
→これをわかりやすく伝えよう。


ということだと思います。
何かを「広く伝えよう」とするときに、そもそも「成果が上がっていない」ものを取り上げても、あまり需要がないのかもしれません。
僕たちは、そうやって「成功事例」を目にし、ときに驚いたり、ときに落ち込んだります。
そして、明日の授業のアイデアをもらってワクワクしたり、自分が直面している現実とのギャップに苦しい思いをしたりします。


「成功事例」は、苦しんでいる教員を救うでしょうか?
僕は、首都大学のティーチング技術講座で、「大先輩」の皆さまが発表する内容を聞き、あまりにキラキラして、それが自分のうまくいかないモヤモヤする現状とあまりに違って、毎週毎週落ち込んでいた記憶があります。
毎週、多くの学びを得ましたが、「救われた」かどうかで言えば、そうでもなかったような気もします。


苦しいときの自分が救われたのは、大先輩の「こんなに苦しいときがあった」とか「今もこんなに苦しんでいる」という話を伺ったときだったりします。
「あぁ、自分だけじゃないんだ・・・」となんともいえない安堵感や、「こんな話をしてくれる人がいる。ありがたいことだ・・・」というなんともいえない感謝の気持ちがわいてきました。
「そういうときは、こうこうこうだから、こうすればいいんじゃないの?」というアドバイスや、「こうこうこうしたらうまくいったよ」という成功からの体験談は、逆効果になることもあるのだと思います。


また、「成功事例」に関しては、僕自身は、「自分がまず”うまくいく”ことが大切だ」と思って実践をしてきた面があります。
それは、目の前の生徒のためということがもちろん第一にありますが、それとともに、『学び合い』(今ならばAL等)で苦しむ誰かの後押しをしたい、という気持ちもありました。
国立高校に来てからは、「受験学力の獲得と矛盾しない」という点で”うまくいく”ことは強く意識していました。
それができないと、自分自身の実践が否定されてしまう可能性もありますし、それだけではなく、進学校で苦しむ誰かの後押しをしたいという気持ちも強くありました。
幸いなことに、「受験学力の獲得と矛盾しない」ことや、「これから必要な資質・能力を身につけるのに有効」というお墨付きをいただけたので、その意味では一定の役割は果たせたと思っています。


でも。
まだまだ自分の授業が「うまくいっていない」感覚が強くあります。
自分の無力さに歯がゆい思いをしたり、深く落ち込むこともあります。


「うまくいっていない」事例をウェブ等であえて紹介して、いらぬ波風を立てることは得策でないとも思っていました。
「成功事例」を紹介し、それで誰かをモチベートできればいいのではないかと思っていました。
でも。
自分が目指すものが完璧に具現化することはあり得ないのです。
そして、あることが達成されても、「もっと、もっと」とその先を渇望し、決して満たされることはないのです。
むしろ「うまくいっている」という感覚を持ったとしたら、そのこと自体を疑うべきなのかもしれません。


だから、大切なのは「成功していること」ではなく、「挑戦し続けていること」なのだと思います。
皆で共有するとよいのは、「成功事例」(だけ)ではなく、「挑戦事例」(も)なのだと思います。


僕は、僕のビジョンに沿って、今の自分にできることをやり続けるしかないのです。
それが、「うまくいっているかどうか」を、特に対外的なことを気にしながら気に病む必要はないのです。
それは、僕だけではなく、すべての実践者がそうなのです。
「うまくいかなくてもいいが、自分の信じるものに向かって挑戦し続けている」、そのことこそが大事なことだと思います。


京都・滋賀の学校訪問でも、このことをずっと強く考えていました。
僕にとっては、「今うまくいっているかどうか」は大きな問題ではなく、「今何に向かってどのような挑戦をしているか」が興味の中心にありました。
見させていただいたもの、すべてがすべて「うまくいっている」わけではありませんでした。
でも、「こんな生徒を育てたい!」という強い意志があり、挑戦している授業がたくさんありました。
他者の授業を見学したり話を聞くときも、自分の授業を振り返るときも、「今どこにいるか」も大切ですが、「どこに向かおうとしているか」という方向性を意識することがより本質的だと思います。


自分は「成功事例」を紹介することではなく、「挑戦事例」を紹介することにこだわりたいと思いました。
そして、そう考えると、「気が付かないうちに背負ってしまっている(ように勝手に感じていた)荷物」を降ろして、とても楽になれます。


悩んだり、落ち込んだり、迷ったり、色々なことがあります。
でも、「挑戦している自分」、まずはそれを肯定していこうと思います。
そして、今いろいろなところで「挑戦している」方々を肯定します。
それは「今うまくいっているかどうか」で評価されるものではありません。


「成功しているか」よりも「挑戦し続けているか」。
これから課題研究も本格的に始まります。
自分もこれを強く意識しますし、生徒にもこのことははっきりと伝えようと思います。