文化祭の話⑦罰則よりも大切なこと

文化祭全体のルールブックにあたる「文化祭規則」は、文化祭実行委員会が現状と合わない部分を、毎年少しずつ改訂しながら作成しています。
今年度も、多くのアイデアが出され、様々な改訂がなされましたが、なかでも象徴的だったのが、「減点項目一覧の廃止」でした。


文化祭は、学年ごとに最もすぐれた出し物を決める「賞レース」の要素があります。
どのクラスも賞が獲りたいので、規則違反への抑止力として、「減点」という方法を採用しています。
「文化祭規則」自体は20ページ近いボリュームがあります。
そのままでは、「何が減点になるのかがわかりにくい」という発想で、減点になる要素をコンパクトにまとめた「減点項目一覧」を作成していました。
しかし、これはある意味では本末転倒です。
「文化祭規則をしっかりと読み、共有し、皆でクリーンな文化祭を創る」ことが目的のはずなのに、「減点されたくなかったらこれだけは見て守ってほしい」ということが目的になってしまっています。
また、この発想だと、「減点項目一覧にないことならばやってもよい」ことになるし、「減点対象の行為は見つかる前に隠ぺいする」という組織をつくる源泉になってしまいます。


今年度のスローガンは「国高PRIDE」であり、上記の発想とは一線を画するものです。
そこで、今年度は「減点項目一覧」を廃止し、また「極力減点をしない」という方向性を打ち出すことになりました。
これは、「規則を守る」ことが「減点されない」ことに矮小化し、過度な賞レースを助長するのではなく、「皆で良いものをつくる」という方向性への大きな転換です。
たとえば、「ペンキが床にはねていたら、ある一定以上の面積の場合は一発減点」という規則があったため、どこからを減点対象にするのかで揉めたりすることもあったようです。
しかし、今年度の場合は、「減点によりルールを守らせる」ことが目的ではなく、「皆でいいものをつくる」ことを目的としてため、ペンキのはねを見つけても、一発減点ではなく、次の見回りで改善されていれば減点なしということで、注意にとどめたそうです。


これらの方法は、一定の成果をあげたようです。
いわゆる「減点」はもちろん減りましたし、「規則違反」自体も減少したそうです。
「減点がなかればルールは守らない」というのは性悪説に根差すもので、人を信用しないものです。
それに対して、「減点などなくてもルールは守れる」というのは性善説に根差すもので、人への信用を前提とするものです。


僕が見ていて、一番良かったと思ったのは、夏休み中のある事件に対する対応。
あるクラスが、大きな「失敗」をしてしまったとき、それを隠ぺいしたり、言い訳をしたりするのではなく、速やかに情報共有と原因追究のために文実と連携して動き、翌日には他のクラスに共有するための、注意点をまとめた資料もできつつありました。
これは、「ミスを極力隠ぺいしよう」とする組織ではありえないことです。
責任の所在を追及するのではなく、クラス、文実、安全対策チーフなど、それぞれの立場で当事者意識を持ってできることを連携して速やかに動けた素晴らしい事例だと思います。


「ルール・マニュアル」には、想定外の事態に対処できないなど、限界があります。
だから、「ビジョン・プリンシプル」で動く方が組織として柔軟性があります。
その意味で、今年度「ビジョン」を明確にしたことと、「減点項目一覧」を廃止したことは、組織としての一貫性があります。
何より素晴らしいのは、このあたりの感覚が、国実、文実の委員長に共有され、彼らが自分の言葉で組織に語り、動かすようなリーダーシップを持っていたことです。
彼らの語る言葉には力がありました。
この感覚を、是非「伝統」として引き継いでいってほしいと思います。