エバリュエーションとアセスメント

「関心・意欲・態度」に関して、武田信子先生が書かれた文章。
コメント欄に、


●アセスメントは必要だけれど、エバリュエーションにはならない。混同している。


ということが書かれており、色々なことが整理できました。


僕自身は、最近、「生徒に対する教員からの評価」はあまり必要ないのではないかと思うことが多くあります。
特に、授業を見ていただいたときに、「この活動の評価はどうするのか?」と聞かれた時に、「評価の必要はないのではないか」と思うのです。
でも、これは正確ではなく、武田先生の言う「エバリュエーションではなくアセスメント」が必要だ、という表現がしっくりきます。


僕自身は、「自分でPDCAサイクルを回せる」ようになることを重視しています(もちろん、その際には明確なビジョンの存在が前提になりますが)。
意外に難しいのが、Cの部分です。
例えば「AL型授業がうまくいっているのか」をどのようにチェックするのか、ということです。
これがなければ、改善もないし、次の計画にもつながりません。


「関心意欲態度」のアセスメントとは、「今の授業は目的に対して機能しているか」をチェックする、ということだと思います。
それは、「いい状態である」ことを確認して満足感を得ることが目的ではなく、それを材料にして改善を図ることが目的なはずです。
ですから、「関心意欲態度は教員の評価項目である」という表現になるということだと思います。


一方生徒自身も、PDCAサイクルを回せるようになって欲しいのですが、そのためのチェックとして、試験があると思います。
つまり、試験で「いい点を取る」ことが目的ではなく、それを材料にして改善を図ることが目的なはずです。
ですから、「試験での高得点は、お題目として提示はするが、それ自体が本来の目的ではではない」ということになります。
このようなプロセスで成長できた人が、これからの「新しい大学入試」で必要な力を備えた人なのだと思います。


アセスメントは、「改善のためのチェックに使う」もの、エバリュエーションは「評価をして優劣をつけることそのものが目的として直接的リンクしている」ものと言えそうです。
何らかのエバリュエーションを得ることが目的ではなのであれば、そのためのプロセスでPDCAサイクルを回す材料となるのが各種のアセスメントなのでしょう。


武田先生のお言葉から始まった思考メモでした。