”お題目”と”本質”

先日、授業見学に来ていただいた株式会社トモノカイの川口さんからいただいたメモと、それに対しての僕からの返信コメントです。


<いただいたメモ>
先日は授業の見学をさせていただき、ありがとうございました。
私は主に「大学生による進路イベント」を担当していることから、自らの活動に参加してくださる生徒さまにとってなにかヒントになるものがあればぜひ学びたい、という気持ちで参加させていただきました。


一番印象に残っているのは、外で行った簡単な質問へのお答えです。
私は「大野先生はこの授業で生物を教えているわけではないですね。もっと大きなものを教えていらっしゃるんですね?」とお聞きしたのですが、大野先生はそれに対し即答で「そうです」と答えてくださいました。
この短い会話がとても印象に残っています。


大野先生が部活の例を出し、部活は「人間的成長」が目的。
でも「人間的成長するために野球しよう!」って取り組むのは怖い。
だから、「甲子園に向かう」ことを通じて人間的成長を成し遂げる。
お題目と本当に伝えたいことは異なる、とお話くださいました。
私が提供している大学体感プログラムというものも、表面上は「大学での学びを体験したり大学・大学生の理解を深めること」が価値として打ち出されています。
しかしながら本当の価値は、視野が狭いまま成長しがちで自分の可能性を知らない全国の中学・高校生に「こんな大学生になってみたい」「自分がやりたいことをやっていくために、もっと挑戦したい」という気持ちになっていただくことやロールモデルを提供するところにあります。
それなりにこの活動自体は長くやっているのですが価値を上手く伝えられなかったところがあったのですが、大野先生のお話を通じてストンと自分がやっていることが理解できました。ありがとうございました。


これ以外にも、いくつも自分なりに学んだものがありました。詳しくは長くなってしまうため自粛いたしますが、
・教えるのではなく信じて引き出す
・セーフティーネットの中で失敗させる
・他者の良さを引き出す
・好奇心の種を投げる
・彼らの成長を阻害しない。伸びたいという気持ちにブレーキをかけちゃダメ
・授業の手法論の話ではない、自分が育てたい人物像、成果にこだわった末の一つの形が今の授業
といったようなことを学びました。


<返信コメント>
「好奇心の種を投げる」ことについて、以前にブログで探究について書きました。
僕からの「言葉かけ」も、協働的な活動も、「探究の種」であり、それを育てるのは自分自身だと思います。
そこも常に意識しています。
これは、受験指導にもつながることだと思います。
授業で完結するのではなく、あくまでも「探究の種」を持ち帰ってもらえばよいのかもしれません。