「目的」からデザインするということ

授業見学に来ていただいたある方からいただいたメモと、それに対しての僕からの返信コメントです。


<いただいたメモ>
大野先生の実践を拝見し、以下のことを感じたり、学びました。


生徒
・簡単に教科書の学習範囲を生徒自身が超えていく
・授業に参加していない生徒がいない
・生徒の好奇心が見るからに伝わるような言動が多い
・教師の発言に対する集中力が非常に高い(メリハリができるから?)
教師
・教師は生徒の質問に答えたり、方向性を示すための知識が必要
・教師は示唆をするだけで答えに直接結びつくことを決して言わない
・学習進捗についてのコントロールは課題量で調整する
・仮に課題量が減り、全て学習できなくても学びの本質を教えているから問題ないというスタンス


以上より、大野先生の授業は、これまでの高校で代表される受動的な学びから、大学以降、特に社会人となってから必要とする能動的な学び、答えのない問題への取り組みに自然とシフトできるように設計されていることが現れていると感じます。
また、生徒は、自らが答えを探し出すことに対して、ツール(インターネットなど)、協調(チーム)、専門家(教師)という『使えるモノは積極的に活用して解決』という構図となっているのが印象的でした。
一方で、生徒の思考の均質化に繋がる取り組みかもしれないと考えていたのですが、これは誤った認識であると感じました。
逆に自分の個性を発揮できる場所として授業を活用できたり、その個性を周りが知るきっかけになるのにはとても有効であると思いました。
特に校庭での課外活動では、予め決めた班で動く生徒、一人で黙々と調べる生徒、仲良しグループで動く生徒と、活動形態に違いがでていましたが、教室での授業は、そういった個人の志向に関係なくチームとして課題を行うという切り替えもできており、社会性の育成に通じるところも見ることができました。
現在、ICT機器を活用した双方向型授業が提案されていますが、ICT機器を導入せずに双方向型を実現できる方法であると感じました。加えて、ICT機器がアクティブラーニングに導入された際は、生徒の表現力に磨きがかかることが予想され、より充実した授業展開も可能になるのではないかと期待もできるのではないかと感じてもいます。
大野先生には、上記のようなアクティブラーニングのICT機器利用についてや、アクティブラーニングの授業の更なる発展がこれからどのように起こっていくと考えられているのか伺ってみたいと思いました。
また、場当たり的な内容(生徒は興味ある方向に向かっていく?)になってしまって逆に本質を捉えられない生徒がいるのではないかということや、大きく習熟度が違う生徒が行った場合にはうまくいかないのではないかという疑問も持ちました。


<大野の返信>
メール、拝読いたしました。
自分の授業がこのように分析されるのか、ととても興味深いです。


●校庭での課外活動と教室での授業の切り替えについて
校外での活動も、「4人グループで活動する」という設定にしていました。
しかし、実際にはグループは解体され、生徒たちが「勝手に」活動していた、というのが現状です。
通常であれば、「きちんとグループで活動せよ」という注意が入るところだと思うのですが、僕はそれをしませんでした。
それは、「全ての活動は目的からデザインするべき」と考えているからです。
「必ずグループで活動する」ということは、どのような目的とリンクしているか。
それは今回の実習の主たる目的なのか。
そう考えたときに、「グループが解体されていたとしても、目的が達成されるのであれば問題ない」ということになります。
実習の目的よりも先に、大前提として、「安心して学べる場」であることが必要ですが、
先日の実習では「不安で不安でどうしようもない」という生徒はほぼいなかったと思いますので、その点においても「グループ活動にこだわる」必要はなかったと思います。
ということで、「意図的に切り替えた」というよりは、「目的に沿って、状況を見ながら判断して、結果としてああなった」ということです。


●ICT機器に関して
ICT機器については、「教員側が教授のためのツールとして」というのが想定されてきたと思いますが、AL型授業との関係でいえば、「生徒が使うツール」としての活用を主として考える必要があります。
僕自身は、ICT機器をどのように使うかについて、指示もしませんし、必ずしも使う必要もないと思っています。
「自分で必要だと思えば使えばよい」ですし、「必要がないと判断すれば使わなくてよい」ということです。
生徒からは、初回授業で「ノートは作らないといけないですか?」とか、「予習は必要ですか?」とか、「毎回教科書・資料集・問題集は必要ですか?」とか質問されます。
全てに対して、「必要だと思えばそうしてください」と答えています。
教員が設定し、その設定の中でしか動けなくなると、それは「主体性」の逆をいっていることになります。
ICT導入も、その目的が何かをしっかりと教員側が持ったうえで考えるべきだと思います。


●場当たり的な内容(生徒は興味ある方向に向かっていく?)になってしまって逆に本質を捉えられない生徒がいるのではないか
この場合、「本質とは何か」とか、「本質をとらえることのみが重要なのか」とかを考える必要があります。
僕自身は、「生物学としての本質」よりも、「これから生き抜く力を獲得するための練習」をしてもらうことをより上位の目的に位置付けています。
ですから、もし仮に生物学の本質的な理解から遠ざかったとしても、そういったことを経験し、その改善のために自分でPDCAサイクルを回すことがより重要だと思います。
僕の感覚では、そのようなサイクルの中では、本質から本当に遠ざかってしまうことは起きにくいです。


●大きく習熟度が違う生徒が行った場合にはうまくいかないのではないか
この場合も、「目的」が何かをとらえる必要があります。
「習熟所が違うとうまくいかない」と考えるのは、その裏で想定されている目的が達成できないという危惧があるのだと思います。
それは、例えば「上位層を伸ばすこと」かもしれませんし、「下位層を底上げすること」かもしれません。
しかし、それをもって「学力で生徒を切り分けて学ばせる」ことによって、より大きな目的が達成されない可能性もあります。
僕自身は「多様性の価値に気付く」ことを大切にしています。
学力で切り分ける、ということはその逆をしている可能性があると感じ、自分としてはあまりとりたくない方法です。
それで「うまくいかない」ことがあるのであれば、「どうすればよいか」を考え、自分でPDCAサイクルを回していくしかありません。
全ては、「目的」からデザインすべきだと思います。