人の成長のきっかけとマインド

先日、新宿山吹の卒業生とコメント欄でやり取りした内容をシェアさせていただきます(本人の了承をもらっています)。
「人の成長」にフォーカスして質問した内容に答えてくれたものです。
色々考えるヒントのある内容だと思います。
長文ですが、そのようなことに興味があれば是非読みください。


●コメント①
大野先生の授業を受けてから、自分の人生は豊かになりました。それは、何かにつけて、疑問を持ったり、それを解決しようとしたり、何気なく過ごしている生活が、こんなにも面白いものなんだと、生物という教科と学び合いという経験を通じて、気づかせていただいた、という感覚なのです。
僕は、何もせず生きていても、そのままでも、人生は十二分に豊かなのだと思います。問題は、そのことに気付けるかどうかであって。
それに気づくのは、もしかしたら音楽なのかもしれないし、本なのかもしれない。
それが、僕は、大野先生の授業だったんです。
大野先生の授業を受けて、こんな風になった奴もいます。
そんな風に、ふと思いました。
大野先生、就活が落ち着きましたら国立に伺います。また、先生の授業が受けたいです。


★大野から①
 「疑問を持って考えることで人生が豊かになる」ということ以外に、「他者との関わり」という点で何か感じたことや考えたことがもしあれば教えてください。


●コメント②
授業はもちろんですし、3年目の時にやっていたおしゃべりの時間も非常に有意義で刺激的でした!
おかげさまで、いろいろな経験をさせてもらいつつ、就活に向かっています。
今は、2月末に河口湖駅前で行われるイベントの企画運営を行なっています。
国立には、就活をきちんと終わらせて、ご報告にあがります!
他者との関わりという点で考えたことですね。他者との関わりは、常になにかしらの刺激を与えてくれると思います。当然なことながら、自分と全く同じ人はいません。特に就活準備をしているとそれを強く感じます。同じ長所をPRしていても、そのエピソードはそれぞれ違います。そんな他者と関わることで、自分にはないもの、特に自分にはない視点を感じ、刺激を受けることができます。
そして、刺激を受けることで、新しい、自分の知らない世界として自分の中にインプットされ、自分の引き出しが広がっていくと思います。
簡単にまとめてしまえば、他者との関わりは、自分に足りないことを教えてくれる、といったところでしょうか。
結局のところ、人間は自分本位だと思うのです。いついかなるときも、自分がいかに成長できるのか、無意識的にそれを考え、またそれを求めていると思うのです。また反対に、もしかするとそれだからこそ、いついかなるときも、自分の成長につなげられることが、そこらじゅうに転がっていると思うのです。
 (これは先日も使った言葉なのですが…)問題はそこに気づけるかどうかであって。
気づいた人は、成長のチャンスを逃さず、自分を高めていけますが、気づかなければそのまま…なのではないかなと。
そして、その、そこらじゅうに転がっている成長のチャンスのひとつが、他者との関わりから得られる刺激ではないかと、近頃は考えています。自分の足りないこと、自分にはない視点を気づかせてくれるからです。
長文になってしまい、申し訳ありません。
やはり、またゆっくりとお話がしたいです(笑)


★大野から②
どのような経験によってそのような考え方を獲得してきたのかにとても興味があります。僕がやっていた授業には何かヒントになることがありましたか?あるいは、他の授業や部活、行事でいい経験になったことはどんなことですか?


●コメント③
簡単に言ってしまえば、大野先生の授業を含め、今まで19年ほど生きてきた中で感じてきたことが全てです。
具体的に、いつ、こんなときに、そのような考えに気づいたというエピソードはなく、ぼやっとしたものばかりです。


自分は、ラボ・パーティという習い事や、野球、演劇などなど、様々なことを経験しました。その中で自分が一番意識していたことがあります。それは、自分より「すごい人」を見つけることです。


それは全てにおいてではなく、分野ごとにです。例えば、自分は絵が苦手です。ですので、絵において自分よりすごい人はたくさんいます。野球は絵よりは得意です。ですが、自分より遠くへボールを投げられる人、自分より足の速い人、たくさんいます。
ですが反対に、自分より「すごい人」にある分野では勝てることもあります。野球で言えば、足の速さでは勝てなくても、打撃では勝てる、というような。


自分より「すごい人」を見つけると、自分に足りないことがよーく見えてきます。つまり、「すごい人」のすごいところは自分に足りないところですから。
そういう意味で、他者との関わりは絶対に断ち切れません。なぜなら、自分の立ち位置が分からず、立ち尽くしてしまうからです。成長するには他者との比較が不可欠だと思うのです。


ここまで考えて、ふと立ち止まると、とても自分本位な考え方だなと思います。なぜなら、全て自分の経験や考えに基づく、自分視点だからです。客観視できていないのです。


では、人間は自分を客観視できるのか、と考えました。自分は、誰しもできないと思います。必ず主観が入り込みます。
自分を客観視できないと考えるようになったのは、野球での経験からです。簡単に言えば、自分のほうが優れているはずなのに、自分が評価されない…というような経験です。
チームスポーツは、対戦相手との戦いもそうですが、チームメイトとの戦いも存在します。そして、それに負けることもあります。それは明確に、誰かと自分の比較がおこなわれ、しかもそれに負けたことに他なりません。それに気づいた時、自分より「すごい人」の存在を認められるようになりました。
それに気づくと、他者との関わりによって、「すごい人」との比較によって、自分の立ち位置を知ることができます。自分を客観視する代わりになるのです。


自分は野球でそんな経験をするまで、気づくことができませんでしたが、なにもなしに気づいている人、気づかずにやっている人、気づいていない人、様々だと思います。


大野先生の授業でも、学び合いをおこない、他者との関わりが多くありました。授業中は特に、教え教えられ、勉強をしました。
ですが、最終的には、テストをやりました。それは至極妥当だと思います。他の人に教えるとそれだけで知識が定着することもあり、それを狙っていらっしゃるとも思うからです。


これこそが人間は自分本位だとあらためて気づいたことなのです。テストが始まれば、あとは自分が戦うだけです。どうしたって他の人に助けてもらうことも、他の人を助けてあげることもできません。
なるほど、最後には人間は自分の力で戦うしかないのだなと。結局のところ、他者との関わりは自分のためにあるのだなと。


こんな感じです。簡単にまとめますと、大野先生の授業でヒントになったのは、授業の流れと言えば良いでしょうか、学び合いをして、テストをして…というような、流れです。ヒントというよりは、あらためて気づかされたという感覚ですが…。
他者との関わりにおいては、これまで生きてきた人生全てで感じたことがまとまっている、という感覚です。
これまで19年間生きてきましたが、自分は考えすぎる人間だと思います。色々なことを、子供の頃から考えてましたから。もちろん、これも主観ですが。(笑)
普段の生活を送っていても、経験になることはたくさんあります。ただ学校に行く、ただの平日であったとしてもです。それが積み重なって、先日コメントさせていただいたような考え方になった、と考えています。