2016年にやりたいこと

元日が終わる前に、今年やりたいことを考えてみます。


①授業で生徒に提示する年間を通じての「目的・目標」のスリム化
ここ2年ほどで、かなり授業に対する考え方や、自分自身の在り方について思考が深まってきました。
そして、それらをある程度言語化することもでき始めています。
しかし、これはようやく出発点に立てたに過ぎません。
今僕が考えていることを全て伝えたとしても、生徒は受け止めきれないでしょうから、結局「何も伝えていない」ことと同じになってしまいます。
あるいは、言っていることが「理屈」としては伝わったとしても、心に響かなければそれも「何も伝えていない」ことと同じか、それ以上に悪いことになります。
例えば、「いつもいつも同じような説教めいた話で面倒臭いなぁ」と思われてしまう危険性があるということです。


自分自身の在り方もやり方も試行錯誤だった段階にはそれは仕方がないことですし、その反応の中で柔軟に変わり続けることが重要だと思います。
そこを経たから、その上で今年は「本質を、シンプルに」という方向で思考を整理したいと思っています。
今の自分のアイデアは、以下のようなものです。


●時代や社会に飲み込まれず自分の人生を切り拓いて欲しい。
●人生は生きるに値する、と思って生きて欲しい。


とりあえずこれで2項目になりました。
これをたたき台に、「余計なものはないか」「足りないものはないか」ということを考えながら、より本質的でよりシンプルなものを目指します。
『学び合い』の「一人も見捨てない」を、どのように消化し、どのような形で提示できるか。
その際、教員中心ではなく、生徒中心に考えることが必要です。
「自分が何を伝えたいか」ではなく、「彼らは何を必要としているか」という発想です。
彼らが「今は必要としていない」ことであっても、新しい世界を提示して「必要なこと」への想像力を膨らませることも必要かもしれません。
しかし、それすらも、「自分が何を伝えたいか」という独りよがりなものであっては意味がないということです。
これは、とりあえず4月に向けて、さらに思考を深めたいと思います。


②ワークライフバランスの再考
これも、しっかり向き合って整理しなければならないことです。
2015年は、「踏ん張りどき」だと思って、かなりの量の仕事をこなしました。
しかし、それによって失ったものもあります。
様々な仕事をこなすと、自分のできること、苦手なことも見えてきますし、どのくらいでできそうかという時間的な見通しもある程度立つようになります。
「できないけど無理してでもする」から、「できる範囲でする」に、さらに「できるけどしない」にする踏ん切りや諦めも今の自分に必要だと思います。
やりたいことを全部やる、やらなければいけないことを全部やる、ということから脱却することが課題です。
やり始めると、仕事に関してこだわりが出てきてしまいますし、納得いくまでやりきりたいという思いも出てきてしまいます。
そこを、想いの8割程度で我慢することができるかどうか。
2016年の大きなテーマとして常に心に留めておきたいと思います。