他責からリーダーシップへ

自分の実践を振り返るときの大きな「軸」です。 スーパー他責ピーポー「くれない族」にご用心!?

 

このブログでは、「くれない族」の説明として以下のように述べられています。

 

”「くれない族」は「今起こっている不都合な現象」に対して、自分が及ぼしている影響力のことを1ミリも考慮せず、常に「傍観者」的視点から、周囲の行動のみを批判します。
興味深いのは、ある事象に対する「自己の要因」は、くれない族の頭からは、都合良く、きれいさっぱり抜け落ちていることです。
「くれない族」の態度は、おそらく、長らくの経験の蓄積から、「学習」されてしまったものだと認識しています。”

 

「くれない族」が「長年の経験の蓄積から学習されてしまっている」とすれば、それは学校教育の影響も大きいと思います。
「わかりやすく丁寧に教える授業」が展開されえばされるほど、内容がわからないときに「わかりやすく教えてくれない先生が悪い」という思考になりやすくなるからです。
つまり、他責思考を生む土壌が教育現場にあるのです。
「(教員が)わかりやすく丁寧に教える授業」から、「(生徒が)主体的に学ぶ授業」に少しずつでも転換していくことが必要なのは、こういったことも背景にあります。

 

このブログでのキーワードの一つである「主体性」について、僕自身はこの記事のように考えています。

中原先生がここで「主体性」と表現しているものは、僕は「リーダーシップ」と表現しています。
組織の中で「リーダー」は一人かもしれませんが、「リーダーシップ」はメンバー全員が持つべきもの、と考えています。


中原先生は、以下のようにまとめています。

 

”「今ここで起こっている事態」に対して、自らが影響力が存在しうることを想像すること、その上で「今ここで起こっている事態の変革」に対して、自らが為すべきレベルで貢献を行うこと、こうしたスパイシーな経験を蓄積することでしか、こうした態度は身につかないのだと思います。
かくして、「主体性を獲得するためには、主体性を行使する場面が必要になる」という奇妙奇天烈な関係が成立します。”

 

これは、「教えたいものは教えられない(だから、経験するための「場」をもうける)」ということにつながります。
何らかの「よくない事態」に遭遇すること。
それを、他責思考で放置するのではなく、「今の自分にできることは何か」を常に考え行動すること。
そのプロセスの中で、他責ではなく、他者との生産的な相互依存関係の良さに気付くこと。
そんな中で、「リーダーシップ」が身についていくのだと思います。

そのためには、役割としての「リーダー」を多くの人間が経験することが重要です。
「リーダー」を経験すると、その苦労がよくわかり、「良きフォロワー」となりうるからです。
メンバー皆が主体性を持ち、リーダー以外のメンバーが良きフォロワーであるチームは、良いチームだと思います。
僕は「良いチーム」を創るプロセスをまず中で経験してほしいと思います。
それは授業でも部活動でも行事でも皆同じことです。
そして、願わくば、どこにいっても自らの力で「良いチーム」を創り出せる人になってほしいと思います。