大人だって動けない

先日の首都大学東京ティーチング技術講座で出た話題を少し詳しく紹介します。
アクティブラーニングの授業での「グループ分け」をどうするか、という話題。

4人グループなどをランダムにつくらせると・・・


・仲のいい人と組めないと微妙な空気になったりする。
・「誰かと話したいけどなかなか話しかけにくい・・・」という生徒には救いになる。
・「新しい化学反応」の触媒となることがある。

 

グループ分けをせずに自由にさせると・・・


・「仲良しグループ」で固定化し、広い交流が生まれにくい。
・一人でやっている生徒がでる(個別化ではなく孤立化の要素)
・一人でやってもグループでやってもよいから、やる気さえあれば自分の計画に従って充実できる。
・うまくいくと「グループの壁」がなくなり、多様なネットワークで活発な学びが生まれる。

 

それぞれ、色々なことが考えられます。
これに関して、K先生から紹介のあった話。

ある研修会で、教員同士でアクティブラーニングにより課題解決をはかる時間を設けた。
グループ分けはせずに「はいどうぞ」にすると、にわかにグループができ、対話が始まった。
しかし、時間がたっても、最初につくったグループのまま固定化していた。
そこで、「同じ人とばかり話していないで、多様な人と交流して下さいね!」と全体に呼びかけると、一気に動きが生まれ、多様な交流が生まれた

 

この話を聞いて、僕自身も夏の情報交換会のことを思い出しました。

13時から始まり、1時間弱で、数人の方からの話題提供をいただく。
その後、参加者どうしでの自由な情報交換。
そこから2時間近く、ほとんど動きがなく、「初めのグループ」のままで対話が進む。
ふと「差し入れていただいたお菓子」の存在を思い出し、一度「お菓子休憩」をはさむことに。
お菓子の周辺で立ち話が始まり、そこで様々な人が様々に自由に交流し始める。
結局、そのまま1時間以上活発な情報交換が続いた。

 

この2つの事例から言えるのは、「そろそろ違う人とも話したいけれど、なかなかそれを言うのは、あるいは行動するのは勇気がいるよなぁ・・・」という状況がけっこうあるということです。
日本には、「空気を読みあう文化」があります。
それが、このようなことの一つの原因になっているのでしょう。
自分の授業で「はいどうぞ」となっても、ずっと同じ人と話していたり、なかなか話しかけられなくて一人でいたり、という様子を見ても、「自分で動き出してほしいなぁ・・・」と待つことがあります。
しかし、それはもしかしたら、「自分にもなかなかできないようなハードルの高いこと」を求めていたのかもしれません。


K先生は、「交流を生むきっかけについては教員が積極的にやっていっていいだろう」との見解を示していました。
大人だって、その価値をわかっていてもなかなかできないのです。
だから、教員は「触媒」としての役割を少し果たしてあげていいのではないかと思います。
これは、最近感覚的に思っていたことと合致していたので、自分の中では腑に落ちています。
実践しながら、もう少し整理できるといいなぁと思っています。