アクティブラーニングの位置付けの混乱

高大接続システム改革に関するベネッセの説明会に参加しています。
一点、とても気になったことがあります。

 

ベネッセの説明では、
「これまでの指導」+「新たに求められる指導=アクティブラーニング」
という位置付け。
授業時数が変わらない中で「これまでの指導」の時間がアクティブラーニングによって失われてしまう。
→自宅学習が重要になってくる。

 

この流れに違和感を覚えます。
「これまでの教育課題は引き続き重要」ということと、「これからも知識技能は変わらず重要なのでアクティブラーニング等の流れだけにとらわれないように」というメッセージが強調されていました。

 

今日の説明のイメージでは、アクティブラーニングは、協働学習、特にプロジェクト学習を中心とした「生徒が主体となった課題解決学習」と捉えているようです。
でも、「アクティブラーニング」は、「学びの構え」であり、「これまでの指導」に対する「新たに求められる指導」として切り分けられるわけではありません。
このあたり、教員向けの「情報共有説明会」の中で強調されていることを危惧します。
やはり、「アクティブラーニング」は、様々なところで「都合の良い解釈」がなされているようです。

 

※個人的補足
アクティブラーニングは、「これまでの指導」と切り分けられるものではありませんが、「思考力・判断力・表現力」の育成や、「社会とのつながり」を考えたときには、従来の「知識・理解」中心の指導だけでなく、まとまった時間を使った「プロジェクト学習」などは非常に有効だと思います。
「このような時間を確保するためには」という文脈においては、「これまでの指導」の時間が減り、「新たに求められる指導」の時間が必要となる、というのはその通りではないかと考えます。
ただし、このときは、「知識・理解」の内容は、これに合わせて削減することが必須で、それを減らさずに自宅学習で補完するということではないと理解しています。