「うまくいっていないこと」を聴く価値

ある方の『学び合い』フォーラムの振り返り。
【Facebookから、リアルへ!】『学び合い』フォーラム2015

こちらの記事では、『学び合い』とは何かという話と、「本日の発見」として以下のような話が綴られていました。

 

"・ネットで集められる情報は限られているので、リアルな場に出ましょう。
・悩んでて、できない人こそ参加しよう!
・雲の上の人だなーーって思う人にも短時間でいいから声をかけてみよう!"

 

特に重要なのは、「ネット(ならびに書籍)で得られる情報が限られている」ということと、「実践者に直接話を聞くことが一番」ということです。
特に、直接対話する場合には、「うまくいかなかったこと」を特に聞いてみることが大事だと思います。

 

僕自身は、Facebookでの発信は、「ポジティブなこと」を中心に書くように意識しています。
実際には日常の中には、ネガティヴな感情を引き起こす様々があります。
そんなことは「当たり前」なのです。
では、なぜそれを発信しないか。
考えてみましたが、僕の情報発信の目的の中心は、「誰かの心に何かを灯す」ことにあるからなのだと思いました。
別な表現で言えば、「読んだ人が何かヒントを得たり、前向きになれたりする」ことを意識しているということです。

 

ネガティヴな発信すれば、「心が弱っている」あるいは「迷いや苦しみの中にいる」人の心に寄り添うことができるかもしれません。
でも、僕の情報発信の対象で最も意識しているのは、実は生徒、保護者、そしてかつての教え子の皆さんです。
だから、僕が日常のネガティヴな出来事や感情をお裾分けすることは、その目的と合致しません。

 

ポジティブな発信を中心にしていると、あたかも「うまくいかないことなんてないんだろうなぁ。うらやましいなぁ・・・」と思われてしまったりするかもしれません。
それは、現状でなかなか思うように実践が展開できていない方からすれば、心に寄り添ってくれない「読みたくもない発信」ということになってしまいかねません。
しかし、ポジティブなものとして情報発信しているものは、所詮「日常から切り取られたもの」でしかありません。
「取り繕って」というのとは違いますが、上記の目的に沿うように「切り取られたもの」であることは間違いありません(もっと単純に「かっこつけたい」という意識もあるのかもしれません)。
繰り返しますが、うまくいかないこと、心が折れそうなことは、日常にありふれています。
ただ、それを発信していないだけです(SNSでポジティブな内容を中心に発信されている方々も、皆そうなのだろうと推測します)。
むしろ、「全てが思うようにうまくいっている」と思ってしまったら、それがもうすでにうまくいっていないことなのだろうとすら思います。
「雲の上の神様」は、現実にはおらず、「日々悩み苦しみもがいている生身の人間」がいるだけです。
そうはいっても、上記のような理由や、その他の様々な理由で「生身の人間の弱さ」は、SNSではなかなか発露しません。
だからこそ、直接対話する場合には、「うまくいかなかったこと」を聞くことが重要だと思うのです。

 

『学び合い』において、「こうやれば必ずうまくいく」という「究極の方法」は存在しません。
それは、生徒の実態に合わせてしなやかに形を変えるものです。
それを勘違いして、「カリスマ教師」の「絶対にうまくいくやり方」を吸収して真似てみよう(そうすれば必ずうまくいく)と考えてしまうと、失敗したときの原因をそこで提示された方法に求めてしまう恐れがあります。
『学び合い』や、それに基づくアクティブ・ラーニングを行う時に大事なことは、教員自身が、生徒と向き合うことを恐れず、うまくいかないことを恐れず、変化し続けることを恐れず、常に「自分の目で見て」、そして「自分の頭で考えて」実践することです。

 

心折れそうなときには、「うまくいっているように見える人」に、「実際のところ」の話を聞いてみるのもよいと思います。
それは、単に情報共有をして改善を目指すということだけではありません。
ネガティブな心に寄り添うことは、とても重要ですし、そのことは以前ブログにも書きました。

辛いときにして欲しいこと、してあげたいこと

ネガティブな心に寄り添うこと

心に寄り添うには、「時間と空間の共有」があった方がよりよいと思っています。
『学び合い』にしろ、アクティブ・ラーニングにしろ、実践者が増えるということは、多くの心に寄り添えるようになるということです。
僕自身は、「人の心に寄り添う」ことは苦手だということを重々承知していますが、そんなことも少しはできるといいなぁと思ったりしています。
僕自身は、知識やスキルを叩き込まれて今の自分になっているわけではなく、心に寄り添ってくれるたくさんの人がいたから今の自分になっています。
こんな文章を書くことも、そんな方々から受け継いだ「恩送り」の形です。

 

多くの実践者がつながる「場」を多く生み出すことには、こんな価値もあります。
『学び合い』フォーラムが、多くの方にとってそんな「場」になっていたとしたら、それは単に「うまくいっている方法」を知ることよりも大切なことです。
僕自身も、またこれから様々な「場」を創っていこうと思います。