水族館と仮設住宅

昨日のことです。
水族館から最寄り駅まで20分弱を歩きました。
オープンしたてで賑わう華やかな水族館から徒歩で数分のところに、仮設住宅らしき建物がありました。
当たり前ですが、そこには人の生活がありました。
そこからさらに駅に向かって進むと、写真のような標識がありました。

 

震災後、一度だけ被災地を歩いたことがあります。
相馬から亘理に向かって。
当時、あまり報道されていませんでしたが、途中の山元町の光景に衝撃を受けたことを覚えています。

 

それを生徒に伝えようと学級通信を書き、ホームルームで話したことも覚えています。
そして、その時にある生徒から「先生のやっていることは偽善です」と突きつけられたことも。

 

あれから4年以上たちました。
ミスチルの「かぞえうた」という曲に、こんな歌詞があります。

 

"わらえるかい
 きっと わらえるよ
 べつにむりなんかしなくても
 ひとりふたり
 もうひとりと つられて
 いつか いっしょにうたいたいな
 えがおのうた"

 

水族館には、笑顔があふれていました。
「えがおのうた」は被災地に広がったのでしょうか。
僕には何ができるわけでもないし、呑気に水族館に遊びに行ったりもしています。
でも、月並みですが、まずは「忘れない」ことが自分としてすべきことなのだろうと、そう感じました。
こんなときにだけそう思うのは偽善かもしれません。
でも、やはり「場」から感じる様々はあるのです。

 

この感覚を、せめて夏休み明けには授業等でも伝えようと思います。
『学び合い』フォーラムのシンポジウムでは、福島の高橋先生から、「あのときは学校が子どもたちの最後の砦だった」という話がありました。
そして、「生き抜ける子」や「地域に貢献できる子」を育てるという強い意志を感じました。
僕自身は、現時点でそこまでのリアリティを持つことはできていないと思います。
でも、『学び合い』を実践する身として、「一人も見捨てない」を、広く捉えて生きていける人間になりたいし、そういう生徒を育てたいとも思います。
それは、単なる「願い」のレベルでであるかもしれませんが、それをここで願い、帰ってから何かをすることは、ベターな世界を作る営みではあると思います。
あらゆる批判に身を置き、あらゆる矛盾に身を置きながら、それでもできることをやる、ということだと思います。

 

心に浮かんだ様々を書き留めておきました。
まとまりのない長文で失礼いたしました。