教育実習生の見た「学び合い」

6月に来ていた教育実習生の実習日誌の「まとめ」を、本人の許可を得て紹介させていただきます。

「アクティブ・ラーニング」や『学び合い』を考えるヒントがたくさん詰まっていると思います。
この文章からは、「学び合い」について何もわからない状態から、たった3週間の実習期間で、多くを感じ、多くを学んでいったプロセスが見えます。
アクティブ・ラーニングに踏み切れない、どんな感じになるんだろう、という方に是非読んでいただきたいと思います。
必要なのは、知識や技術ではなく、「覚悟」だけです。
以下、実習生の文章の転載です。


母校国立高校での教育実習は、思っていた以上に内容の濃い3週間でした。
正直に言うと、教育実習に来る前は不安でいっぱいでした。
自分自身が毎日研究のこと、進路のことで迷ってばかりで、こんな状態で人前に立ってものを教えるなんてしていいのか、とても心配でした。


実際に実習が始まって、まず驚いたのは生物科の授業の形式でした。
生物科の大野先生と板山先生の実践している「学び合い」の授業は、教師がただ教えるという形式をとらず、目標だけを明確に提示して生徒主体で学びを深めさせるというものでした。
私が当初予想していたような、指導案をしっかり書いて板書計画も立てて、それを何回も修正して、というような作業はありませんでした。
しかし、「学び合い」の授業をつくることはそれ以上に難しいものでした。

自分のペースでなく生徒それぞれのペースに合わせた学習をさせながら、同じ目標に向かわせるには、教師の「やり方」ではなく「あり方」が大切なのだと教わりました。
最初はうまくいかないことも多くて、生徒の前に立つだけで色々考えてきたことが思い出せなくなったり、どうすれば良いのか考えるだけで毎日夜遅くまで寝られなかったりしました。
色々悩む中で、指導教諭の大野先生がいつも言って下さったのは、「目的が何なのか考えて、その目的を軸に進めていけば良い」ということでした。
生徒に一番理解してほしいことは何なのか、実習を通して私が生徒に一番伝えたいことは何なのか、考えてみて目的が明確になると、方向を見失うことなく授業ができるようになり、生徒の発言、行動に目を向ける気持ちの余裕が出てきました。
そして、私が何も詳しいことを教えていなくても、生徒の自由な会話の中から本質をついた発言が出てきたり、生徒同士が互いに苦手な部分を教えあっている姿に驚きました。
生徒はもとからそれぞれ力を持っていて、教師の仕事は「教える」ことではなく「引き出す」ことなのだと実感しました。
そう考えると、教師が完璧な人間である必要はないのだなと思いました。
もちろん、専門知識を深めて、人間力を磨いて、よりよい教師を目指すことは不可欠ですが、教師だからといって「完璧なフリ」をする必要はないのだと思います。
教師だって悩んだり、迷ったりすることもあるし、むしろそれでいいのだと感じました。
大切なのは、悩みや迷いを理由にくよくよしたり落ち込んだりせず、それが自分にとって必要なことだと受け入れて堂々としていることだと思います。
その上で、「迷っても悩んでもいい。それはより良い自分になるために必要なことだ」と生徒に伝えることができれば、生徒にも何か力をあげることができるのではないでしょうか。


「学び合い」の授業を進める中で、私が教えたことよりも私が生徒から教わったことの方が多かったように思います。
 授業以外でも、クラス活動や委員会、部活動に一生懸命な高校生を見て、その活動に一緒に加わってみることで、結果をおそれずに何にでも全力で取り組んでいた高校生の頃の気持ちを思い出させてもらいました。
大学生になってから私が忘れていた気持ちです。
人からの評価や結果を気にしているだけで、まだ私は全力になりきれていなかったのだと気付きました。


教育実習の3週間を通して、教育について、生物という科目について、学校という場について、たくさん考えて、悩みました。
また、自分を見つめ直すきっかけをもらいました。
まだすべて結論は出ていませんが、今悩んでいるこの気持ちを忘れずに、常に考え続けることを意識して、これからの生活を送っていこうと思います。
指導教諭の大野先生、生物科の板山先生からは大切なことをたくさん考えさせて頂きました。
本当に充実した3週間でした。
教職課程をとって良かったと思います。