問うことと待つこと

「問いを投げかける」後に、「待つ」ことはなぜ重要なのでしょうか。
それは、「何のために問うたか?」という目的と直結していると思います。

人と人との対話の時、それが集団としての納得解を導こうとする営みであれば、「問う」ことの後に「待つ」ことは欠かせないでしょう。
また、「考え抜く力」の獲得を目的とするときも、やはり「待つ」ことは欠かせません。


簡単に「答え」を出すことに向かわない方がよいことがあります。
待てないのは、「簡単に答えを出せる問」を提示し、「さっさと答えを渡してあげた方がその人のためになると思っているからかもしれません。
そのような問は、どんな場面でどんな目的と合わせて使うと有効でしょうか?
また、そうでない問は、どんな場面でどんな目的と合わせて使うと有効でしょうか?

人との対話だけではなく、「自問自答」も同じことだと思います。


「答え」なんて簡単に出ません。
むしろ、簡単に出せる答えを求めることの弊害があります。
「答えが出せない不安」に打ち克つのは、「問と向き合い考え抜く時間の価値」を知ることです。
その価値を知れば、問う側にたっても、問われる側にたっても、生産的な時間を過ごせるのだと思います。


中原淳先生のフェイスブック記事より引用

”他人に「問い」をなげかけたのなら、「相手に考える時間」をどうか保証してください。
そして、どんな「答え」が返ってきても、まずは「受けとめる勇気」をお持ちください。

他者に「問い」を投げかけた後の「長い沈黙」に、あなたが耐えられないのなら、他者に「問いかけること」なんか、おやめなさいな。
 答えを「受けとめること」ができぬくらいなら、「問い」をつくりなさんな。


「問うこと」とは、あなた自身が「問われること」なのです。
 「問われている」のは、「問うているあなた」です。”