自由な学びの保証

今日の1年生の生物基礎では、1時間の中に様々なことがありました。

前回の振り返りシートで「水はなぜ生命にとって重要か?」という疑問が出ていたので、水分子が「曲がっている」ことがとても重要で、だから水は生命にとって重要であり、水がなければ生命も誕生しなかっただろうということを軽く話しました。
これ以上の説明を聞きたい人は、なかなか難しい話だし、少し時間もかかるので、もし興味があれば個別に話に来てください、と伝えてフリータイムにしました。
すると、すぐさま5~6人の生徒が群がってきて、その説明を求めてきました。
共有結合、電気陰性度、水和など、3年の選択生物で話したようなことをざっと話しましたが、ある程度話が進むと、次から次に疑問が出てきます。


●ナトリウムイオンのことはわかりましたけど、塩化物イオンはどうなんですか?もしかして、水分子のこっち側がくっついてくるということなんですか?


●温度によって溶解度に差があるというのはどういうことですか?


●なぜ酸素の方が水素より電子を引きつけやすいのですか?


●そもそもなぜ水分子は直線ではなく曲がっているのですか?


などなど・・・。
 途中から議論の様子が面白そうだともう遠巻きに聞いている生徒も見られました。
これでいいんだと思います。


『学び合い』だからといって、説明をしてはいけないわけではありません。
「皆が安心してそれぞれの学びを深めている」ことと、「自分だけがハッピーになるのではなく皆でハッピーになろうとすること」が両立していれば、形はどうでもいいのだと思います。
また、僕が説明している時も、わざわざ集まって話を聞いている生徒は、ものすごく色々な思考をしているようでした。
ここに、「自分が理解できたことをシェアする」という文化が根付けば、「教員の話を中心とした一斉授業の『学び合い』」につながるのだと思います。


結合の話をしている横では、「今日の一品」とし提示したハナミズキの花を前に、「花弁はどこあるか?」という課題に取り組む生徒の小集団がいました。
それ以外の生徒は、思い思いにプリントの課題に取り組んでいるようでした。

しばらくすると、別な生徒が「先ほど先生は人間も多少は光に当たらないといけないと話していましたが、それは人間も光合成をするということですか?」と質問があったので、ビタミンDの話をしました。
 少し説明しすぎな嫌いがありますが、学習への動機付けと安心感のある場作りという観点でこのような対応をしています。
その後、「低緯度から高緯度にいくに従って人間の肌の色が薄くなっていく理由をもう説明できるはずです。これは自分で考えてみよう」といことで、知識の関連付けが必要な課題を投げました。
答えを提示しなくても、「どういことだろう??」と楽しそうに思考していました。


何も知らずに見たら、こんなことがそこかしこで色々なことが勝手に起こる授業は学級崩壊のように見えるかもしれません。
でも、こういう自由な学びの場は最高だと思います。
反省として、全体を、集団を見とる時間がそれほど取れなかったことがあります。
明日は、全体を見とる時間を意識的に多くとるようにしたいと思います。