『学び合い』の"本体"に関する思考メモ

今年度は「一人も見捨てない」という表現を封印した授業実践を行いました。
その結果、今までで一番「一人も見捨てない」に近づけたのではないかと実感しているというのは、以前に書いた通りです。
これに関連して、最近の学びからぼんやりと考えている思考をメモしておきます。


①皆が皆を面白がれるクラス
この表現が、最近ものすごく気に入っていて、すごくしっくりきています。
思えば、僕自身が学級経営でも、授業でも、基本スタンスが「君、面白いね」になっていることに気付きました。
これは、相手を揶揄するものではなく、相手から様々なものを引き出し、それを(お互いに)楽しむというスタンスであり、相手を承認するというスタンスです。
これが文字通りに実現できたら、それは素晴らしいことです。
 多様性の受容とか、一人も見捨てないとか、そういうかたい表現ではなく、ある柔らかさ持ちながら、全体としてゆるやかにしっかりとつながっている感じ。
このような世界では、「一人も見捨てない」と語らずとも、自然と「私はあなたを見捨てなくない」って思えるのではないかなぁと考えています


②安心して、それぞれがそれぞれの「学び」を深める。そして、自分の幸せだけでなく、周囲の幸せも願い、行動することができる。
前半は、今年度大切にしてきた「安心感」と「適切なハードル」に直結する内容です。
後半は、今年度、そこまで強調しなかったことです。
でも、やっぱりこういうマインドをもった人を育てたいんだよなぁと、今思っています。
最近聞いて、キーワードとして残っている「シチズンシップ教育」というものと親和性が高い可能性があります。
このへん、この先もう少し思考を深めておきたい部分です。


③「集団をつくること」「集団の一部となること」「新たな場所で新たな集団を作れること」
それぞれの主語は誰か。
 誰がそれを望むのか。
そして、そこにどんな価値があるのか。
とかく、「学び合う集団作り」を志向しがちですが、それがもし実現できたとしたら、その先に何があるでしょうか。
あるいは、「学び合う集団作り」は目的になりえるのでしょうか。
様々な実践を聞く時の僕自身のひっかかりはそんなところにあります。
だから、「新たな場所で新たな集団をつくれること」を大事にしたいと考えています。
そこでは、上記①②のようなマインドを身につけているかどうかがものすごく重要である気がします。
この部分、是非生徒の立場での過去の『学び合い』経験者から、その後について話を聞いてみたいと思っています。