大学入試を迎えるにあたって

※本日のHRで配布した学級通信の内容です。


いよいよセンター試験が今週末となりました。
その後も、私立大学の一般入試が続いていきます。
大学受験をする人にとっては、「いよいよ」という感じだと思います。
 僕からは、今の皆さんに向けてのいくつかのメッセージを送ります。
 最後まで読んでもらえれば幸いです。

 

プレッシャーとの向き合い方

以前にこんな生徒がいました。模試や問題演習でいつも9割を確実に取っていたにも関わらず、本番だけ7割に届かず。
しかも、1科目だけではなく複数科目で同様の結果に。
なぜこんなことになってしまったのでしょうか?
一つの可能性として、「取れて当たり前」というプレッシャーに押しつぶされたことが挙げられます。


メジャーリーグのイチロー選手が年間200本安打を継続していたときの話。
一打席一打席が、ものすごいプレッシャー。
しかもそれが一年を通して続く。
そこから逃げようとしても無駄だということがわかったそうです。
そして、あえてプレッシャーをかけていくことに。
このプレッシャーの中で結果を出すしかない、そう割り切って付き合ったのだそうです。

受験で大事なことは、合格点を取ることではなく、「今持っている力を出し切る」ことです。
力を出し切って不合格だった場合、悔しいけれど、これが今の自分の力だと納得はできるでしょう。
力を出し切れずに終わるということが、一番悔いが残るものです。
結果よりも、まずは「力を出し切る」ことに専念する。
その際、プレッシャーから逃げるのではなく、そのプレッシャーと付き合う中で「力を出し切る」
 結果は出てしまうものですが、合否が出る前に試験が終わった瞬間に「やりきった」と思えること、まずはそこに集中して欲しいと思っています。

解けない問題と遭遇した時にどうするか?

僕自身の体験談です。
ある大学入試の物理の問題。
得意だった力学分野で最初の小問からわからない。
これにはものすごく焦りました。
鼓動が速く、強くなり、それは結局試験終了まで続きました。
「力を出し切れなかった」、という後悔が帰り道でも家に帰ってからも残りました。
この後悔の念を翌日まで引きずってしまったわけですが、「こんなことを考えても、何も意味がない」と思い、気持ちを切り替えて、使える時間を全て使って、やれることは全部やろうと思いました。


起きている間はすべて勉強。
それは、「合格したい」という気持ちよりも、「やり残した気持ちが残って後悔したくない」という気持ちが大きかったように思います。


迎えた国立の二次試験。得意の英語の試験の第1問がさっぱりわかりません。
この時、冷静にこう考えました。


「これが解けなくても合否には影響しないだろう。だから、潔くこの問題は捨てよう。他の問題に集中して解いていくことが、今できるベストだ。もしそれでも、この問題ができなかったことで不合格になったとしても、何の悔いもない。できないことは見切りをつけたし、できることだけを全部やるしかないのだから」


穏やかな気持ちで、でも高い集中力を持続して、全ての試験を受けることができました。
終わった時点で、合否に関しての期待感も不安もありませんでした。
あの後悔に満ちた試験の日から自分に言い聞かせてきた「できることをすべてやるしかない」ということを実行できたことの清々しさを感じました。
結果は合格だったわけですが、仮に不合格だったとしても後悔はなかったと思います。


もしも、焦りと不安と後悔の入試がなければ、そして自分とじっくり向き合う時間がなければ、こんなメンタルになることはできなかったと思います。
解けない問題に遭遇したときに、「いさぎよく、自信を持ってその問題を捨てられる」、そして、「できる問題を確実に、力を出し切って解く」。
それは、残された時間で自分が過ごした時間だけが裏打ちしてくれるものです。
できることはすべてやってください。
それは、本番で自分自身を救ってくれる、何よりの精神安定剤です。

最後に、以前の学級通信に書いた内容を転載します。


受験は、定められたルールに従って進んでいく「ゲーム」のようなものだと思います。
そのゲームにうまくフィットする人もあればそうでない人もあります。
でも、ただそれだけのことです。
その人の人格や能力のどこまでを測れるかは現状の大学入試では極めて怪しい部分もあります。
だから、受験という「ゲーム」に対して、いつも次のことを思っています。
勝って驕るな、負けて腐るな

これを忘れることなく、受験という日本最大規模のゲームに、正々堂々、胸を張って挑んでほしいと思っています。