多様なロールモデルの重要性

「良い大学に行きたければ、恵まれた家庭に生まれなさい」――成人の自由にもとづく新しい"世襲制"


タイトルは過激ですが、内容は面白かったです。


●子ども自身の努力以外の家庭的要素(核家族の経済資本、文化資本、社会関係資本)の相関が強くなっている。
●地域との関わりが減ることで親の生き方・考え方が子にコピーされやすくなっている。
●対策としては、学校や地域で、複数のロールモデルに触れること、親はそれを妨げないこと。


西川先生のいう「地域コミュニティの再生」の重要性の一つの大きな要素だと思いました。
一足飛びに家庭と地域がつながることが難しいのであれば、学校を一つの窓口として活用することも重要だろうと思います。
学校は、子どもがつながる場としても重要ですが、親以外のロールモデルを提示する場でもあり、多様なロールモデルを見ることの価値を語れる場でもあると思います。
「学校」と「地域」の持つ可能性を考えていきたいと思います。


"かつての子育てとは異なり、今日の子育ては親の教育方針を極限まで尊重している。"


"子育てが、地域社会的で集団的なものから核家族的でプライベートなものへと変貌し、親の自由選択(と自己責任)を最大限に尊重したからこそ、生活習慣をはじめとする文化資本は(昭和の後半などに比べれば)忠実に親から子へとコピーされやすくなった。"


"親の子育ての自由は尊重されている。だからこそ、核家族の子どもはほとんど運命的な親の采配のもとで育たなければならない"


"親が社会関係資本に恵まれていれば、複数のロールモデルに子どもが接触する機会をもうけやすいかもしれない。子どもは、親の"やりかた"以外にもいろいろな生き方があり、処世術があり、方法論があることを、親以外の年長者から学び取ることができる。もし、親が教え説くとおりの生き方が難しそうになったら、親以外から見知った選択肢を強調していくことだってできる。これは、昔の地域社会の平均的な子どもなら多かれ少なかれ自然とやっていたことだが、現代社会でも、親以外の年長者との接点がそれなりにあって彼らにも一目置くようなコンテキストができあがっているなら、十分可能性がある。子どもの潜在的手札の多様性は、親だけからインストールされるよりも豊かになるだろう。"


"親の社会関係資本が不十分な場合でも、可能性が無いわけではない。ある程度信任の置ける年長者――学校の教師など――の教育ノウハウや価値観や生活習慣に一目置き、子どもがそこから学んでくるものを尊重できれば、子どものロールモデルは核家族の外側に拡大する。"