ゼロはすごい

昼休みのU先生との会話。
「空(くう)」とは何かがわからないんです、と話していたら、U先生はこんな話をしてくれました。


「空」は、「ある」でもないし「ない」でもないということ。
例えば、「0(ゼロ)の発見」みたいなもの。プラスでもないし、マイナスでもない。


「プラスでもなくマイナスでもないゼロ」という話で、こんな話を思い出しました。
 僕が中学1年生のとき、数学の授業で「負の数」を学びました。
そのとき、


「3-5」


という数式に躓きました。
「負の数」という概念が入っていない状態だったので、「3から5は引けないじゃないか。だって数が足りない」と思ったのです。
その時、授業ではこんな話があったと記憶しています。


3から5は引けない。
だから、引けるように5を作ってみよう。
つまり、「3-5+2」としてみる。
でも、これだと、数が増えちゃってるから、増えた分は引いておかないといけない。
「3-5+2-2」
これなら、2を足して、同じ2を引いてるからいいでしょう。
そうしたら、計算をしてみよう。
3と2を足せば5ができるから、5を引くことができる。
そうすると、残ったものは「-2」だけ。
だから、答えは「-2」となる。


この説明を聞いたときに、中1の僕は、「0ってすげーーーーー」と心底感動したのでした。
「あるはずのないもの(+2)を生み出すことができる」、それはあまりにも衝撃的だったのです。
この日を境にして、数学が大好きになりました。
中学も高校も、数学は一貫して楽しく勉強していました。
勉強というより「趣味」に近い感覚だったと思います。
結局、大学の数学で挫折してしまったのですが、このときの感動は今でも胸に残っています。


U先生はこの話を聞いて、何かと何かがつながったようでした。
「今の話すごいね。その発想はなかった。そうか!あぁ、つながった。そういうことか」
僕には何のことやらさっぱりわかりませんが、U先生の中では完全に「おちた」ようです。
「演算子なんだな。同じ演算子で処理すれば同じ結果になる、ということか。なるほどね。それは使える」
どうやら、両辺に「微分」というような同じ処理をかけても結果は同じ、ということとの比喩で何かを理解されたようです。
「いい話を聞けた!」と満足されていました。


ちなみに、「3-5」を、U先生は「体感」していたから、迷いことはなかったそうです。
つまり、ずっと剣道をやっていたから、「右に3で左に5だろ。じゃあ左に2になるよ」という理解です。
「それって数直線の概念があったっていうことですよね?」と尋ねたら、そういうものではなく、「体感」なのだと言っていました。
それに対して、僕の数学の理解は「すごく言語的で整理されている」ということでした。
そういう理屈を考えることもなく、ただ「感じて」いたということです。


対話って、大事です。
本当に大事です。
ふとした瞬間に点と点がつながっちゃうんです。
それもほとんど自動的に、瞬間的に。
電気が走るように。


「やっぱり色々な知識を持ってることも大事だな。じゃないとつなげるものもないから」
U先生の言葉は、その通りだと思います。
いつ、どこで、どんな風につながるかわからない知識という点。
それが真に役に立つのは、試験の「重箱問題」を解くときではありません。
様々な人との対話を積み上げていくときです。


僕にはまだ「空(くう)」とは何かをとらえることはできていません。
でも、U先生からはこんなお言葉をいただきました。


普通は、何かをつかんだら、こうすればうまくいきそうという方針が浮かんで実践していく。
でも、大野先生は、「空」をあるとき理解したときに、「そういえば昔やってたこれってもしかして・・・」というように、
すでにやっていたことが意味を持ってつながってくるということがあるかもしれない。


10年後、20年後にそんな瞬間が訪れるかもしれない。
そんな素敵な「点つなぎ」を空想して、なんだか楽しい気分になった昼休みでした。