志を持つ意味

高校生に、「あなたはどんな志を持っていますか?」と尋ねてみても、おそらくピンと来ないことが多いと思います。
高校卒業後という目の前の進路をどうするかを考えるのに精一杯で、もう少し突っ込めば、どの大学を志望校とするかを考えるのに精一杯で、志なんてことを考えるのは先送りにしたいという心理もあることでしょう。
もちろん、それと真正面から向き合って、自分なりの納得解を持っている人もいれば、考えても考えても答えが見えず、悶々としている人もあるでしょう。
ある種のモラトリアムという位置づけであれば、それはそれでいいのだと思います。


じゃあ、志って、人生に必要なんでしょうか?
もし必要だとしたら、いつ、何のために必要なんでしょうか?

僕は、人生で迷ったり、壁にぶつかったりしたときの、人生の選択・決定の判断基準なのかなぁと思っています。

様々な選択肢がある中で、一つの選択肢が突き付けられ、矛盾の中で苦しむことがあります。
そのときに、僕はいつも考えます。

 

自分が本当に大切にしたいものは何か。

 

この疑問と向き合うと、自分が取るべき選択が見えてきます。
それは時に苦しいものかもしれませんが、それでもそれを選ぶこともあります。
それは、きっと「志」の問題なのだと思います。

志というと、何だかとても重苦しい感じを受けますが、「自分の人生で目指したい何か」程度のシンプルな捉えでいいのではないでしょうか。

シンプルな判断の指針があれば、矛盾の中でも自分を信じて進めると思います。
でも、それがなければ、迷いの森を彷徨い、心がどんどん病んでいきます。

つまりは、志があるということは、同じ環境で過ごしても、幸せを感じやすいということだと思います。

 

この記事では、「小志」の積み重ねが「大志」につながっていくとあります。
 小さいことでも、自分が大切にしたいものは何か考え続けていれば、やがて、人生において目指したい何かがぼんやりと、やがてはっきりと見えてくるのだと思います。

「大志」なんてだいそれたものでなくてもいい。
でも、惰性で生きたり、矛盾の中でただ受け身で生きたりするのではなく、「自分が大切にしたいもの」を常に意識してもがき続けることが大切です。
それは、いつ、何のために、ということではなく、いつでも、自分自身の人生をよりよくするために考え続けることなのでしょう。

皆さんが、「本当に大切にしたいもの」は何ですか?

 

 

「自分探し」を笑う人は、成長できないより引用

"一般的に受験勉強の影響を強く受けた日本人の中には、人から与えられた問題に正しい答えを出すことには慣れていても、自らの意志として、何を成しえたいかといったことにしっかりと向き合い、考えることは不得手という人が多いのではないでしょうか? その結果、志を持たないまま、少なくとも意識をしないまま、淡々と時間が流れていくといった状況になりがちです。"

"私たちの調査によると、「志」は、突然のひらめきで見つかったり、急に天から降ってくるようなものではありません。多くの人は、少しずつ「小志」とも言えるものを積み上げ、育てています。そして、それがいつか「大志」に昇華されていくというプロセスをたどるのです。"