型なし

師を持たず、自分の好きなことを好きなようにやっているときは、「自由」である。


師を見つけ、弟子入りし、「型」通りの修行が始まると、「不自由」を感じる。


「型」が身につき、それを「型」として実施するのではなく、ごく自然なものとして発露するようになると「自由」になる。
これは「型」を知らない自由とは違う。
それはただの「型なし」である。