授業評価アンケートの意味とは

正直なシラバス 教員の世界に自由競争を


この記事では、学生からの授業評価をシェアするという試みが紹介されています。
僕自身の感じた違和感を少しだけ綴ってみます。

都立高校でも「授業改善」を目的として「授業評価アンケート」を実施しています。
アンケ―トの前に大切なのは、「学生からの評価を上げる」ことに必死になるのではなく、「授業の軸を持つ」こと
その上で、授業評価を見ながら、本質が学生に伝わっているか確認作業を行うこと。
あくまでも、「授業評価」は、授業改善の「手段」であり、「目的」ではありません


「授業評価アンケート」は、教員側にとっては覚悟のいるものです。
それは、「変容する覚悟」です。
授業アンケートで、圧倒的多数が自分の方向性を否定し、「改善」を要求してきたとして、それでも、自分のポリシーを曲げずに授業が進んだら、生徒の内発的動機付けは低下します。
最初から「どんな結果が出ても変えない」という立場であれば、アンケートは取らない方がよいと思います。
もしそれでもとるならば、「アンケートを取るけれど授業を変えるつもりはない」と言っておく必要があるのではないでしょうか。
そうでないと、生徒の側からすれば「詐欺」と同じになってしまいます。

授業評価アンケートを実施するための「変容する覚悟」も相当ですが、授業評価アンケートなど実施せずに信じたことをやり続ける「変容しない覚悟」も相当なものです
僕は、どちらも大事なのではないかと思っています。


「授業評価アンケートを取って、常に”改善し続ける”ことは当たり前のことである。」
そんな意見には懐疑的です。
大切なことは、例えば高校であれば、3年間の授業を含めた全ての学校生活で生徒の「成長の機会」を与え、見守ることではないでしょうか。
現場に対して「現状否定」を強要するかのような、授業評価アンケートの強制実施は、あまり好ましいとは思えません。

授業アンケ―トを意味あるものにする前提となる教員サイドの「授業の軸」。
その上で持つ「変容する覚悟」あるいは「変容しない覚悟」。
僕は、生徒を信じる教育をしたいと思っています。
同時に、教員どうしで信じ合って、チームではたらける学校でもありたいと思っています。
願わくば、生徒や保護者、地域の方にも、教員を信じてもらいたいと思っています。


「楽に単位がとれる授業」は、「壁を超える成長」がない授業かもしれません。
「わかりやすく教えてくれる授業」は、「自分でもがき考える力」が身につかない授業かもしれません。
生徒・学生による授業評価も、「生徒・学生の成長がどう実現しているか」を、目先の苦楽だけでなく「長期的に判断する」ための材料として活用してもらいたいと思います。