”世界”は連続的に変わる

今日は「熱く」議論をしてしまいました。

その中で自分で再確認したのは、「正しさ」と「ベスト」というものの危うさです。

ただし、「ベター」を求めることはできます。
というより、それしかできません。
「正しさ」とか「一番いい」という流れを感じたら、それを危ういと思います。


ベターを求めて考えるときに、「対象とその範囲」をある程度明確にしておく必要もあると思います。
そこが曖昧だと議論がぼやけますし、大風呂敷を広げすぎても机上の空論化してしまいます。


それから、今日の議論の中で「理屈」よりも「気持ち」を優先して考える自分がいることにも気付きました。
それは、様々な生徒や、様々なバックグラウンドの皆さんと交わったからだと感じます。
「理屈」も大事ですが、正しさやベストではなく、ベターな世界を創り出すことに力を尽くしたいと思っている自分に気付きました。


世界は一足飛びには変わりません。
連続性の中で日々の積み重ねで少しずつ変わっていきます。
でも、長い期間を置いてみると、「最初」と「最後」で見てみると、あたかも一足飛びに世界が変わった「かのように見える」こともある、ということなのだと思います。

現状に甘んじるでもなく、ベターを目指して、小さな変化を積み重ねていく。
それはやがて大きな変化になるかもしれません。


手の届く範囲で、目指すものに向かって、できることをやり続けるのみ。
結局、当たり前の結論に落ち着きました。
でも、こうした確認作業も時に重要です。